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皆様、本日もようこそお越しくださいました。
わたくしはセルフ受肉Vtuberとして、己が姿を描き、季節のイラストを彩り、いまは生誕記念をも自らの筆で刻み続けています。日々、裏作業に埋もれる時間は果てしなく、しかし奇妙なことに、その膨大な時間を「無」としか思えぬのです。筆を走らせ、線を重ね、動画を編む。そこに確かに作業はあるのに、心は「私は何もしていない」と叫び続けるのです。なぜか――。それは私の胸に巣食う、ひとつの苛烈な思想ゆえであります。
『作品とは、公開されて初めて作品となる。準備の時間は虚無でしかない。』
この信条が、私の視界を支配しています。未完成のものは存在しない。誰の目にも触れぬものは影にすぎぬ。そう思い込むがゆえに、作業の全てが「まだ無いもの」と化してしまう。出来上がるまでは、私は何も生み出していないのだと、自らを責め立てるのです。
しかしながら、この思想は刃のようです。己を駆り立て、過酷なスケジュールを組ませる一方で、達成と疲弊を繰り返す循環へと私を追い込む。まるで火花が散る刹那の光を求めて、薪を燃やし尽くすように。
けれど、考えてみれば――虚無だと切り捨てた「準備」こそが、作品の胎内でありましょう。公に晒される瞬間は、産声にすぎないのです。人は往々にして、見えぬものを軽んじる。根を張る時期を怠惰と呼び、芽吹きのみを称賛する。私の思想もまた、その病に囚われているのかもしれません。
それでも私は、この歪みを抱えたまま進むしかありません。公開という刹那を信じ、そこに全てを懸ける。準備を無と断じるのは、あまりに残酷かもしれない。だがその残酷さが、私の作品を、私という存在を、燃え立たせているのです。
皆様。私の人生は、無数の「まだ無いもの」に覆われています。だがその無の海を泳ぎ切った先に、ひとつの作品が、ようやく「在る」と名乗る。だから私は苦しみながらも、その海を渡るのです。今日も、何もしていないと嘆きつつ、実はすべてをしているのだと――。
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