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#6 無条件の肯定

皆様、おかえりなさいませ。此ノ世おわりでございます。

人は、生まれてきただけで祝福されるべきだ――そのように謳われる言葉を、私はこれまで幾度となく耳にしてまいりました。しかし、率直に申し上げますと、私はその言葉に心から頷いた経験がございません。なぜなら、私の生育の舞台は、教育虐待にヤングケアラーと、条件付きの肯定のみが支配する世界だったからです。優秀であれば褒められ、役に立てば居場所が与えられる。けれど、ただ「そこにいる」だけでは、存在を保証されない。そうした土壌のなかで形成された自己は、否応なく「成果」と「努力」の鎖に絡め取られてゆくものです。

「あなたは頑張っている」「人より苦労している」――そう言われると、私は一瞬安堵いたします。けれど同時に、胸の奥底に別の声が響きます。「ならば、頑張りをやめた瞬間、私は無価値に転落するのではないか」と。条件付きの肯定は、甘露のように癒しをもたらしつつ、毒にも似た刃を潜ませております。その二面性を抱えたまま、私は長らく生き延びてきました。

しかし近頃、ふと気づくのです。私がここまで「条件付き肯定」の世界に囚われ続けたからこそ、逆説的に「無条件の肯定」という思想の尊さを鮮烈に理解し得たのではないか、と。いてくれてありがとう、生きているだけでよい――そうした言葉は、私にとってまだ異国の風景のように遠いものです。けれど、その不慣れさのなかにこそ、憧憬と真理が潜んでいるのだと感じるのです。

私の歩みは、条件付きの肯定に押し潰されそうになりながらも、なおその鎖を引きずって前に進む営みでありました。そしてその足掻きの果てに、「在ることそのものに価値がある」という理念へと手を伸ばす。それは苦しみの副産物にすぎないかもしれません。しかし、まさにその副産物こそが、人間の尊厳の最も確かな証ではないか――私はそう信じ、こうして声を発しているのです。


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