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金持ちが憎いと思っていた学生時代から、Vtuber活動でいろんな人を笑顔にしたいと思うようになるまで


こんにちは!
「社会人のオフの時間を楽しくしたい」をモットーに活動しております、
Vtuberの天瀬モモです!ちなみに既婚です。
今日は、改めて自己紹介を兼ねて、これまでの経歴を綴ってみようと思います。
少し暗い内容もありますので、苦手な方はご注意ください!

金持ちがとにかく憎かった幼少期

私は長野の田舎で育ちました。
両親は二人とも元バンドマンで、(おそらく)私がきっかけで音楽をやめ、東京から長野に引越し共働きで私と妹を育ててくれました。

うちは貧困家庭というほどではないのですが、父が勤めていた会社が倒産したりと何かと運に恵まれず、小さい頃から友達と比べて経済的な理由で何かができないことが多くありました。

あの子はピアノに通っているのに私は通えない、みんなが遊んでいるゲーム機がうちにはない、カードゲームは買えない、◯◯できない、◯◯できない、できない──────。

これが子供ながらに強烈なコンプレックスでした。何度も親と喧嘩をしました。
時には泣かせてしまったこともありました。本当に申し訳なく思っています。

親と衝突していくなかで、子供ながらに、親は親で一生懸命我々を育ててくれていることを理解していきました。と同時に「うちの親はこんなに苦労して育ててくれてるのに、楽してお金を持っている人たちが憎い」という気持ちが芽生えていきました。

高校に入り受験に目覚め、大学を目指して本気で勉強することに。
祖母の家が近くにある横浜国立大学を目指し始めました。

その際、どうしても塾に通いたかったので、
親に頼み込んで、念願の塾に通えることになりました。


ですが予算の都合で受けられたのは厳選に厳選を重ねた2コースのみ。
周りが何十コースと授業を受けている中で、とても浮いた存在になっていました。

でもせっかく通えた塾なので、無料で使えるものはなんでも使い倒してやろうと思い、
自習室や置いてある教材など使い倒して勉強していました。

一方で親から無理やり通わされている子も多く、そういった子たちはかなりサボり倒していました。
天瀬遊びに行こうよと誘われたことも沢山ありました。


当時の私からみると、喉から手が出るくらい羨ましい環境にいるのに遊んでばかりの彼女たちが憎く、「絶対に成り上がってやる」という復讐にも近い気持ちで勉強に打ち込んでいました。

結局、第一志望の横浜国立大学は前期で落ちてしまったものの、後期で東京都立大学に受かり、しかも授業料免除で通えることになりました。

「どうして私だけこんなに頑張らなきゃいけないんだろう」と思っていた大学時代

大学に入り、晴れて東京で一人暮らしを開始。
初めての一人暮らしは、家賃4.2万円のワンルームから始まりました。

大学ではいろんな人と出会いました。
大学教授の娘、同じような地方の子、やたら親が太そうな子。

その頃の私は「お金がなくて何かができない」というのがコンプレックスだったので、もしタダで体験できるチャンスはなんでも掴みたいという思いがありました。

そんななか飛び込んできたのが交換留学制度。提携している海外大学に、追加で授業料を納めることなく留学ができるという素晴らしい制度でした。

留学は数百万かかるものだったので、私が留学できるとしたらこれしかない!と思いました。
しかし毎年各大学3人しかその枠がなく、その枠を勝ち取るためには、IELTSという語学試験で好成績を取り、そして他の授業の成績も良くないといけない上に面接などを通過する必要がありました。
ということで、私の大学生活は、バイトを頑張りながら勉強も頑張って、なんとか留学を実現させるぞということに燃えることとなりました。

当然仕送りも周りの子と比べて少なく、周りが旅行などで華々しく遊んでいるなか、自分はバイトと勉強に明け暮れながら、日々節約して生活していました。

よく泣いていました。

キラキラの大学生活を送っている他の子が羨ましかった。

一度、同じ学科の男の子に「留学なんて親から金借りていけばええやん。なんで相談せんの?」と言われたことがありました。
彼は純粋に心配して聞いてくれていたんですが、当時の私は軽々しく「親を頼ればいい」と言ってしまう彼との環境の違いをまざまざと見背つけられてしまったような気持ちになり、悔しくて、泣きながら勉強をしました。

当時付き合っていた彼氏の実家に行ったとき、相手の親御さんに「あなたのご両親は何をしている人?」「私は年収が700万だけど」と言われたこともありました。何かがとてもなじられたような気がして、「絶対にお前なんかより稼いでやる」と誓った夜もありました。

どうして私ばっかりこんなに頑張らなきゃいけないんだろう。


当時はよくそんな風に思っていました。
今思うと大学に通えているだけでとんでもなく幸運だったのですが、当時はそう思ってしまいました。


英語の試験だって一回受けるのに2-3万かかる。
日々の生活費を補いながら、教材費や試験代も補わないといけないし、他の授業の成績だって落とせない。

なんで私だけ全部頑張らないといけないんだろう。
私も皆みたいに気軽に旅行に行ったり遊んだりしたい。

そんな薄暗い気持ちを抱えつつ、それをバネにして過ごすこと3年間、ついに念願の交換留学ができることになりました。


場所は北欧。
ヨーロッパに行ってみたかったのと、その時に行ける1番遠い国に行きたかった。

その留学生活で、私の人生を変えるような経験が待っていました。

想像以上に世界中に届いていた日本のオタクカルチャー

当時の私は勉強はしていたものの、英語を喋るのが全く上手じゃありませんでした。
でもせっかく掴んだ機会なので、この留学経験を最大に活かしたいと考え、
日本人とは絶対に絡まないと決めていました。

でも英語は全然喋れないんだよな…。どうしよう。

そんな状況でポツンと1人でいた私に「もしかして日本人?」と話しかけてきてくれたのは、アメリカ人のパリピでした。


「俺ナルト大好きなんだよ!」

という彼の一言を皮切りに、
「私はポケモンが」「私食戟のソーマが大好き!」
「ワンピースがさ」「ハイキューが」
と彼の周りのパリピたちが次々に話しかけてくれました。

なんか知らんけどみんなめっちゃパリピでした。
パリピが積極的にアニメの話をしている。

かなり衝撃でした。

当時はまだ日本でもオタク文化はちょっと日陰な扱いで、堂々と好きであることを主張できるようなものではなかったからです。

でも海外の人たちが、いかに日本のコンテンツが良いか、ということをたくさん伝えてくれました。


中東の友達が教えてくれました。
彼らの国では、宗教上のさまざまな理由で隣国と争っており普段は交流など言語道断な状況だそうです。でも、唯一、その争いを超えて交流できる場所がある。

それがアニメフェスなんだと教えてくれました。

「好きなものが同じ」というだけで、言語も年齢も宗教すら超えて繋がれるんだ。
その媒介として、日本のアニメが活躍しているんだ。

これってとんでもなくすごい事なのでは?

自分の知らないところで日本のコンテンツがこんなに世界中の人たちを楽しませていたとは思わず、雷が落ちたような衝撃を味わいました。

ずっと「金持ちが憎い」「絶対に見返してやる」という薄ら暗い気持ちを燃やして頑張ってきた私ですが、この時初めて「日本のオタクカルチャーで世界中の色んな人を笑顔にしたい」というプラスの感情で物事を頑張りたいと思うようになりました。

これが、私の人生の根幹を形作ってくれています。

生きがいを作ってくれた会社

「オタクカルチャーで世界を笑顔にしたい」
この気持ちが自分の中で使命のような存在になっていた私は、いくつかのベンチャー企業でインターンをした後、大きなエンタメ系の会社に就職しました。

素晴らしい会社でした。全員が自分たちの仕事に情熱を持って取り組んでいました。
自分の夢を重ねられる会社でした。

自分がやった仕事に対して、ファンの方から感謝状をもらったり、「人生の大変な時期を支えてもらった」と言ってもらえたり。仕事を通してとっても素敵な経験を、たくさんさせていただきました。

新卒で入った会社で、その後の人生の原体験になるような仕事経験が詰めたことは本当に幸運だったなと思います。
いずれ世界で…という気持ちがあったので、まずは国内、そのうち海外の仕事を、ということで、はげませていただきました。

ひょんなことからVtuberに

学生時代のひょんな繋がりから、Vtuberをやることになりました。
Vtuberも「オタクカルチャー」なので、仕事の枠組みを超えて直接自分がコンテンツを発信できることはとても魅力的でした。

でもあくまで仕事が最優先。
仕事も会社も好きだったので、全てにおいて仕事を優先していました。
お盆や正月も仕事が入るような職種だったので、3年半ほど仕事を最優先しながら、時には急な仕事で配信を取りやめながら、活動を続けていました。

Vtuber活動を通して出会ったいろんな人たち

配信活動を通じて、様々な人に出会いました。
まだ全然自分の世界が狭かったことも知りました。

ファンと呼べる人たちもできて、時に大きな事が成せてしまうことも増えてきました。

渋谷のど真ん中の商業施設をジャックしたり、
オリジナルの電波ソングができたり、
80万のクラウドファンディングが12分で達成してしまったり、
オリジナルのクラフトビールを120Lも作ったり。

配信を通して集まって来てくれる人たちは粋な人たちが多く、「皆で協力して面白いことやっちゃおう」という大人の悪ふざけを一緒にやってくれました。
そのノリが本当に好きで、(ときに散々な目に合わされましたが)いろんな思い出も増えていきました。

また海外のリスナーができたり、ファンの間でも交流の輪が広がっていったりして、まさに「私」という好きなものを中心に、全てのバックグラウンドを無視して交流の輪が増えていくのを見て、とても嬉しく思っていました。

また、感謝のファンレターをもらったり、「鬱が辛い時に支えてもらった」と言ってくれる人すら出てきました。

一方激務でしたので、突然残業などが入ることも珍しくありませんでした。
最初はなんとも思っていなかったのですが、ファンの方が増えていくうちに「自分の時間はもはや自分1人のものではない」という気持ちが生まれてきました。

私が残業することで配信が潰れてしまうということは、
私だけの時間がなくなるのではなく、
楽しみに待っててくれた誰か、これに合わせて仕事を早く切り上げてくれた誰か、
いろんな人の楽しみを潰してしまうことでもあるんだと思うようになりました。

初めての精神疾患

そんなタイミングで、当時のプロジェクトが数年に一度の大繁忙期となりました。

膨大なタスク量、足りない人手。

また、仕事内容も、個人的な信条から外れるものも多く、疑問を持つようになっていました。うまくやり過ごせば良かったのに、誇りを持って仕事をしていたので、どうしても譲れず、情熱ゆえの衝突も増えていきました。


詳しくは書けませんが、当時は桁外れた残業時間になっていました。
身体的にもすり減るなかで、さまざまな衝突が続いたある日、突然涙と動悸が止まらなくなってしまいました。PCを開くも文字が読めず、なぜか左手だけ震え、キーボードを押すことも席を立つこともできずに1時間が過ぎました。

適応障害でした。

びっくりしました。

自分も周りも、私はメンタルが強いと思っていたので、精神病になるなんて全く思いませんでした。

初めてのメンタル疾患は非常に恐ろしいもので、頑張りたいのに何もできない。夜も眠れない。何かしたいのに、何もできない。

今まで「自分は自分のやりたいことを切り拓いていける人間だ」という自信があったので、何もできないことがとても恐ろしかったです。
眠ることすらできなくなってしまいました。

人生はいつまでも自分がやりたいようにできる訳ではない

ほどなくして休職となりました。
本当に「こんなタイミングで休むなんてありえない」という気持ちでいっぱいでした。
申し訳なさでいっぱいで、心臓をぎゅっとすり潰されているような気分でした。

いろんなことを考えました。
思えば忙しすぎたので、自分の人生を考える時間すら取れてなかった事に気がつきました。

早く仕事に戻らなきゃ。
でもまた疑問を持ちながらあの激務をこなせるだろうか。


でも会社を辞めることは考えられない。
東京で専業主婦は無理だ。今の会社は給料もいいし福利厚生も良い。
しかも旦那は数年後仕事をやめて学生になろうとしている。

やっぱり私が稼がないと─────。



でもここで走りきって、数年後気がついた時に、やっぱりもっと自分のやりたい事がやりたかった、と思ってしまった時、誰が責任をとってくれるんだろう。



会社は何か報いてくれるだろうか。


いや、自分しか責任をとってくれないんだ。
そんなタイミングで旦那は「後悔がない道をとってほしい」と強く言ってくれていました。

仕事辞めてもなるようにしかならないんだから、なんとかしようと。


そこで改めて、自分の人生の時間を何に使っていきたいのかを本気で考えました。

以前は会社に自分の夢を重ねていたけど、今は自分で直接夢を叶えられる。
私の事を楽しみにしてくれている人がいる。
仕事は他の誰かでもできるけど、天瀬モモの活動は天瀬モモしかできない。


お金はなんとかなるかもしれないが、自分の時間はお金を払っても巻き戻すことはできない。

であれば、私は人生という自分の時間を、自分にしかできない事で、誰かを笑顔にすることに使っていきたい。

そしてもし今自分の活動を選択しなかったら、未来の自分は今の私を呪うだろうと思い、思い切って仕事を辞め、できる限り活動を頑張れるようにしていこうと思いました。

Vtuber活動でいろんな人を笑顔にしたい

ということで仕事を辞めてVtuberとなりました!
より多くの時間をVtuber活動に投じていくために、家賃が半分の家に引っ越し、普段の節約も励み、できるだけ生きていくのにかかる費用を抑えて働く時間も最小にしながら、Vtuberとして大成できるように頑張ろうと思っています。

メンタル疾患になってより思ったのですが、
辛い時、エンタメが私の心を支えてくれました。

色んな事を忘れさせてくれたり、また前向きになれたり、
本当に良い影響を沢山してもらいました。

みんな日々社会で大変な思いをしている。
ならばオフの時間は、どうか楽しく明るい気持ちで過ごして欲しい。


「オタクカルチャーで世界を笑顔にしたい」という夢は、いつしか「自分の活動を通して、世界のどこかの誰かの日常に、プラスの影響を添えられたらいい」というものに変化しました。
一旦はなるようになるの精神で、眼の前のことを一生懸命やってみようと思っています。

これからよりもっともっと活動していきますので、暇だなって時にふらっと遊びに来てくれたら嬉しいです!

それでは!おつモモ~!!

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